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シンシウエニシ徒然草々


Diary-2007/07/14
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白山登山


岐阜との県境、石川県白山市には、日本三名山の一つ、白山がある。
日本三名山とは、富士山と立山と白山のことだ。
白山は、標高2700m、7月まで雪を冠する霊山である。

去年は大雪で、7月末まで雪が残っていた。
6月始めに登りに行ったときは、中腹より上は深い雪で、登山道は埋もれて無く、アイゼンか、スキーを履いていなければ登れなかった。
とんでもなく急傾斜で広大なスキー場のようだった。

それでも、Tシャツとジーンズ、スニーカーの軽装で、6時間以上の道のりの4時間分ぐらいのところまでは、無理に登った。
雪の急な斜面に手袋も無いまま爪を立て、四つんばいになって、へばり付くように、2時間近く登りつづけた。

冬のスキー場を、Tシャツの男が汗を流しながら四つんばいで登っている状態だ。
一見すると、どんな背景があるのか想像しにくい。
我ながら、無謀だ。

結局、時間的に無理だと判断し、登頂を断念、登ってきた雪の上を猛スピードで滑り降りた。
急な雪原なら、スキーが無くても、足の裏だけで滑り降りることが可能だと分った。
何度か滑落になりそうだったが、そのたびに雪から出た枝を掴んで堪えた。

山を下り、登山口の別当出合に着いた時は、疲れ果てていた。
雪山登山は本当に危険で体力がいることを、この2時間で知った。
登山をするなら夏か秋に限る。
6月は夏のはずだったな。

7月始めにリベンジにいった。
雪は大分減ったが、上の方はまだ多く残っていた。
他の登山客の中に、スノーボードを担いで登っているイケメンがいた。
彼は、今年最後のスノーボードを、白山の頂上から滑るために、6時間もかけて、登山しているのだ。

少なくなったとはいえ、雪原はまだまだ広がっている。
相当の距離を滑ることが出来るだろうが、リフトは無い。
2700mから一度きりの滑走だ。

イケメンは、心意気まで男前だった。
あとで、呪っておこう。

7月末、天気が良かったので、また登りにいった。
登山シーズンのため、別当出合より一つ手前の、市ノ瀬ビジターセンターまでで、マイカー規制になっていた。
私は原付だったので、別当出合まで、行って良いと通された。

綺麗な風景を見ながら、いつもの駐車場所に行こうとしたが、別当出合の直前に、車の侵入を防ぐため、鎖が渡してあった。
以前はそんなものなど無かったので、安心して余所見をしていた私は40km/hで、突っ込んだ。
原付は鎖に絡まって、フロントフェンダーが大破し、道に横倒しになった。

幸い、鎖が渡してあった片方のポールが道から抜けたことと、金属のフェンダーがグチャグチャにつぶれることで、衝撃を吸収され、フロントフォークが曲がることも無く、走行は可能だった。
良かった、乗って帰ることが出来る。
車体には傷が残るが、フェンダーとバックミラーを交換すれば、問題ないだろう。
痛い出費になるが仕方ない。

原付の修理費用まで考えたところで初めて、怪我が無く、自分が完璧に受身を取っていたことに気づいた。
両手がしびれている。
私自身は、5mほど前方に飛ばされたが、無意識に空中で一回転して、後ろ受身を取り、倒れた原付に走り寄っていた。

ヘルメットを取ると、アスファルトに当たって、傷が付いていた。
「酒は飲んでも、メットはかぶれ。」
とルームメイトが言っていたが、彼の言うことはいつも大抵正しい。
補足するなら、ライダーは、受身もできた方がいい。
骨を折る確立が極端に減るだろう。
ジェットや、半帽型ヘルメットで、顎を削る女性も減る。
バイクの教習科目に入れるべきかもしれない。

気持ちを切り替えて、登山を楽しんだ。
最高の登山日和だった。
山頂でルームメイトに電話すると、「事故った時に引き返せよ」と、突っ込まれた。

事故で傷を負ったのは私でなく、私の原付だ。
彼女は構造上受身を取れない。
不憫なことだ。
修理が終わったらワックスをかけてやろう。


ではまた ごきげんよう。


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